ふとしたすき間に

時間や寝食を忘れて没頭できることがあって、精神的にも肉体的にも充実した時間を過ごせる時期があるとして。
なにかがきっかけでそのことから離れてしまって、心にふとしたすき間が生まれることがある。


そういうとき、たまたま、近くに話を聞いてくれる人がいたとしよう。
身の回りのこと、同じものを見ていて思ったことを、他愛もなくやりとりをすることから始まって、
ときに、考えていることが似通っていること、これまで考えもしなかったその人がいることがわかると、その人と心が通じたことに、そしてその人が自分に対して心を開いてくれたことに、ふと嬉しくなる瞬間がある。
そうなると、「その人のことをもっと知りたい」。
興味や関心がその人そのものに移るのに、それほど時間はかからない。


時間や寝食を忘れて没頭できるのが、ものやことであれば、自分自身の心の状態について、深く考えることもなく突き進むことができたはずなのだけど。
いや、興味や関心を傾ける対象が「人」だからこそ、どこかで線を引いて、そこに踏みとどまることができれば、互いに心地よい距離を保った関係でいられる、ということを、どこかでは冷静に考えているはずなのだけど。
いったん動き始めた心を、自分の意志で押しとどめるのは難しい。
いまさらながら、このような自分がまだ生きていたことに驚いた瞬間である。